重症化予防を支える診療DX、その必然性と持続可能な医療への挑戦
最終更新日:2026年03月09日
重症化予防を支える診療DX、その必然性と持続可能な医療への挑戦 医療法人貴和の会

医療法人貴和の会 すながわ内科クリニック(うるま市江洲)
沖縄県中部地域において、糖尿病や腎臓病診療の中核を担う「医療法人貴和の会 すながわ内科クリニック」。同法人は、令和6年度「沖縄県DX促進支援事業補助金」を活用し、診療現場の抜本的なデジタル化に着手しました。導入されたのは、沖縄セルラー電話の「JOTOホームドクター」を起点に、BIツール(Power BI)を組み合わせた診療支援・重症化予防システムです。
このプロジェクトを率いた砂川博司院長と砂川裕佐子事務長に、DX導入の真の狙いと、医療現場が直面していた構造的な課題について詳しくお話しを伺いました。

砂川 博司 院長
Ⅰ. 診療現場を停滞させていた「待ち時間」の正体
――まず、DX導入以前の診療現場では、どのような課題が表面化していたのでしょうか。
砂川博司院長(以下、院長):最も大きな課題は、診療の流れを分断していた「問診業務」の負担でした。当院では長らく紙による問診が主流でしたが、患者様への聞き取りから手書きの記録、そして電子カルテへの転記という一連の工程に、膨大な時間を要していました。
患者様一人あたり20分から30分かかることも珍しくありませんでした。 この「問診が終わるまでの時間」は、診療現場において非常に大きな損失を生んでいました。問診が終わらなければ、私たち医師は診察に入ることができず、看護師も次の処置や準備に進めません。問診専任のスタッフを複数配置して対応していましたが、それでも診療全体の流れが滞り、結果としてスタッフ全員が「ただ待つしかない」という時間が慢性的に発生していたのです。
――「待ち時間」が患者様だけでなく、医療スタッフの動きも止めていたのですね。
院長:その通りです。医療従事者一人ひとりの負担が増大する中で、いかに医療の質を維持し、職員が働き続けられる環境を守るか。これは単なる業務効率化の問題ではなく、医療経営そのものに関わる切実な問いでした。

砂川 裕佐子 事務局長
Ⅱ. 重症化リスク抽出における「人力作業」の限界
――事務部門では、どのような負担が課題となっていたのでしょうか。
砂川裕佐子事務長(以下、事務長):当院が最も重視している「重症化リスク患者の抽出業務」が、非常に重い負担となっていました。糖尿病性腎症やCKD(慢性腎臓病)など、重症化リスクの高い患者様を早期に把握するためには、検査データや受診履歴を精査しなければなりません。
DX導入以前は、これらの作業をすべて人の手で行っていました。検査センターから届くデータ、電子カルテの情報、紙の記録を突き合わせ、Excelに集約して条件を設定し、抽出する……。対象となる患者データは数百、時には千件近くにのぼります。
――千件近いデータを手作業で整理するのは、かなりの労力ですね。
事務長:はい。本来であれば、医療に直接関わる業務に時間を使うべき職員が、何時間もパソコンに向かってExcelと格闘しなければならない状況でした。しかも、これはミスが許されない作業です。抽出漏れがあれば、適切な指導の機会を逃してしまうことにもなりかねません。このような精神的な負担に加え、この作業が「特定の職員の経験とスキル」に強く依存していたことも大きな問題でした。もしその担当者が休職したり、異動したりすれば、重症化予防の仕組みそのものが成り立たなくなるという、組織としての脆弱さを抱えていたのです。
Ⅲ. DXは「挑戦」ではなく、回避できない「必然」
――そうした状況下で、今回のDX導入はどのような位置づけだったのでしょうか。
院長:今回のDXは、決して「新しいことに挑戦する」といった華やかな性質のものではありません。むしろ、現行のやり方を続けること自体がすでに限界を迎えていたという現実への対応、つまり「必然」の選択でした。
日々増え続ける患者データ、多様化する検査項目、更新されるガイドライン。これらを人の手と根性だけで支え続ける運用は、常に綱渡りです。特に当院は女性職員が多く、産休や育休による人員変動が日常的に発生します。さらに秋冬には、慢性疾患患者の増加に加え、ワクチン接種や救急対応も重なります。こうした状況で「人が頑張ることで帳尻を合わせる」運用を続けることは、医療の質と職員の持続性の両方を損なうリスクがありました。
――「このままでは回らなくなる」という危機感があったのですね。
院長:ええ。重症化リスクの高い患者様を早期に見つけ、適切な指導につなげることは医療機関としての使命です。しかし、それを支える業務が現場を疲弊させてしまっては本末転倒です。「人が判断する医療」を守るために、「人が抱え込まなくていい業務」を仕組みとして切り離す必要がありました。問診情報の収集やデータの整理、リスクの一次抽出。これらをDXによってシステム化することは、役割分担を明確にするための合理的な手段だったのです。
Ⅳ. Web問診という「入口」から始まる情報の仕組み化
――導入の第一歩としてWeb問診を整備された理由を教えてください。
事務長:目的は、人の手による情報収集と転記、そしてExcel集計という「重たい前工程」を現場から切り離すことにありました。単に問診をデジタル化することがゴールではありません。
「誰が入力しても、同じ粒度で、同じ形式の情報が集まる」という前提を作ること。 これが、後工程での判断を仕組み化するための土台となります。

――設計にあたって工夫された点はありますか?
事務長:外部に丸投げするのではなく、現場スタッフ自身が設計に深く関わりました。質問数や表現の一つひとつを、患者様の負担と医療側の必要性を天秤にかけながら取捨選択しました。その結果、問診は単なる「聞き漏らしを防ぐ作業」から、「次の判断につなげるための情報収集」へと役割を変えることができたと感じています。Web問診はあくまで入口であり、そこから得られるデータが重症化リスクを見極めるためのスタートラインになるのです。
Ⅴ. データを「使いこなす」ことで生まれる医療の余白
――集まったデータを、どのように活用されているのでしょうか。
院長:Web問診で集まった情報を、BIツール(Power BI)によって可視化しています。糖尿病性腎症などの重症化予防では、単一の検査値だけでなく、複数の検査項目、年齢、既往歴などを横断的に見て、はじめて「今、介入すべき患者」が浮かび上がります。
これまでは限られた職員が頭の中で組み立て、Excelで再現していたこの複雑な判断を、現在はシステムが引き受けています。ガイドラインに沿った条件設定により、患者様はリスクごとに自動で整理され、ダッシュボード上で「どの層に、どの指導を行うべきか」が一目で判別できるようになりました。
――具体的な成果として、どのような変化が現れていますか?
事務長:かつて職員が時間をかけてExcelと向き合っていた作業負担は、システムが静かに処理を担うようになったことで大幅に軽減されました。その結果、職員は患者様と向き合い、説明し、寄り添うという「本来の役割」に時間を使えるようになっています。
また、繁忙期の診療も安定しました。例年、秋冬は極度に現場が逼迫し、重症化予防指導に時間を割くことが難しい時期もありましたが、現在は来院前の段階で患者様の状態が把握できています。医師や看護師が診察前から「どこに時間をかけるべきか」を共有できているため、繁忙期であっても透析予防を目的とした生活指導や栄養指導の件数は着実に増加しています。
Ⅵ. 「属人性」の解消が職員を守る
――スタッフの皆様の負担軽減以外に、組織としてのメリットはありましたか。
事務長:「属人性」の低減は非常に大きな成果です。以前は、適切な指導内容を選択できるのは経験豊富な一部のスタッフに限られており、新人や配置換え直後の職員は判断に迷うことも多くありました。
現在はガイドラインに基づいた判断基準が可視化されているため、誰が担当しても一定のレベルで判断できる環境が整っています。これは教育コストの削減だけでなく、職員の「一人で抱え込まなくていい」という心理的負担の軽減にもつながっています。特に産休・育休から復帰した職員にとって、システムが診療の流れを補完してくれる安心感は、スムーズな職場復帰を支える大きな要因となっています。
Ⅶ. DXの真意 ― 診断は代替せず、人を支える道具として
――DXが進む中で、医師の役割はどう変わっていくとお考えですか。
院長:私が強調したいのは、**「DXは医師の判断を置き換えるものではない」**ということです。最終的に診断を下し、治療方針を決定するのは人間です。システムが表示する分類はあくまで判断材料の一部であり、それをどう解釈し、目の前の患者様にどう向き合うかは、医療者に委ねられています。
だからこそ、私たちはシステム設計の段階から現場スタッフを関わらせ、「使い続けられるDX」を追求しました。道具を使いこなすのは人間であり、DXはその人間の判断をより正確に、より迅速に支えるための強力なサポーターなのです。
Ⅷ. 地域連携、そして持続可能なモデルへ
――外部からの反響も大きいと伺っています。
院長:糖尿病関連学会で発表した際、同様の課題を抱える多くの医療機関から質問をいただきました。高額な専用システムに頼るのではなく、既存のツールを組み合わせて現場主導で設計した点は、他院でも再現性が高いと注目されています。補助金を活用しながらも、将来的な運用コストを抑えたこの設計は、持続可能なDXモデルになり得ると自負しています。
――最後に、今後の展望をお聞かせください。
院長:現在は院内DXを基盤としていますが、今後はこれを地域連携へと展開させていきたいと考えています。一つの医療機関だけでできることには限界があります。地域の他の医療機関や関係機関と情報を共有し、重症化予防を地域全体で支える仕組みを作ること。それが私たちの次のステージです。
診療の質を守り、職員が働き続けられる環境を整え、地域医療へと波及させていく。医療法人貴和の会の挑戦は、これからも続いていきます。
〈取材・執筆〉
(一財)沖縄ITイノベーション戦略センター プロジェクトマネージャー 金城 励
※特集記事の内容は2026年1月取材時の情報です。
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